#小説 「 #天皇制最期の日 」 (17 H の場合(前)。) 神保町、古書店。朝八時半ごろ。普段より人通りが少ない。あのごたごたの影響か。 まぁ、我が店の書籍たちにとっては、些末なことだ。 戊辰戦争や西南戦争を見てきた子たちばかりだから。　さしずめ歴史の保育園。 お迎えは、まず来ない。 来たとしても人は、自称研究家か、研究者か、同業他社か。 一方、子を預ける者も来る。子たちの価値すら知らぬ不埒者か、天稟のバッジを付けた弁護士。どちらの風貌も概ね、相続に憑かれている。 しかし、それらのどれにも、当てはまらない者が入店した。 弁護士にしては、世俗のしがらみに乏しい。自称研究家にしては、知性がある。研究者にしては、理屈にまみれていない。 同業他社にしては、カネにまみれていない。 不埒者にしては、あまりに品がある。 絵巻物の人物に洋装を張り付けたかのような……タイムスリッパー。 タイムスリッパーは、現代的なスーツケースを引きずっている。カウンターの前に立つと、息を整えてから、紙切れを差し出した。 「委任状です。」 見ると、委任状だった。 委任者の肩書は、皇室経済主幹主管。 噂には聞いていた。 とうとう、うちにも来たか。 「急ぎで売りたがっています。」 ならば、叩き買う余地、大。 「売り物は、何ですか」 タイムスリッパーは無言で、スーツケースから古書・巻物を出てきた。 その古書は…… 伏見天皇御集。 花園院宸記。 五箇条御誓文。 桃園天皇御即位記。 正親町天皇綸旨并信長義景誓紙案。 京極宮当座会和歌並詩。 そして、玉葉。 どれも、図書寮文庫の書物。 どれも、高値はつきそうではある。 けれど……。 ここは一つ、ハッタリだ。 (つづく) #古文書 #皇位継承 #天皇